軽くて曲がる太陽電池? ペロブスカイト太陽電池がもたらす未来とは
カーボンニュートラル実現の切り札として注目が高まるペロブスカイト太陽
ナレッジ

目次
太陽エネルギーを利用した太陽電池は、近年急速に普及し、一般家庭でも導入が進んでいます。
無尽蔵の資源である太陽エネルギーをいかに効率よく使用するかは、資源に乏しい日本のエネルギー政策において重要な課題の一つです。
日本をはじめ、世界各国が目指している2050年カーボンニュートラルを実現するためには、再生可能エネルギーである太陽光発電の導入拡大が重要な鍵を握っていますが、地理的な要因などから従来の太陽光発電(ソーラーパネル)の普及には制約が多く存在しています。
このような課題を解決するために期待が高まっているのが、次世代太陽電池の本命と目されているペロブスカイト太陽電池です。
この記事では、カーボンニュートラル実現の切り札として注目が高まるペロブスカイト太陽電池の利点や従来の太陽電池との違い、最新の動向について解説します。
「薄い・軽い・柔軟」ペロブスカイト太陽電池の特長
太陽電池の原理と分類
ペロブスカイト太陽電池について解説する前に、まずは太陽電池の基本的な原理と分類について説明します。
太陽電池は、光のエネルギーが物質に当たると、電子が飛び出す「光電効果」という現象を利用しています。
電流の流れが一方向に制御されている半導体素子(ダイオード)に光を当て発電をおこない、太陽の光が当たっている限り、電流は流れ続けます(図1)。*1

出所)環境展望台「環境技術解説:太陽光発電」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=3
太陽電池の性能や形状は多種多様で、材料や厚み、接合数(接合面の数)、動作原理などによって分類されています。
次の図2は、太陽電池の材料による分類で、おおまかに分けるとシリコン系・化合物系・有機系の3つに分類されます。*2

出所)産総研「太陽電池の分類」
https://unit.aist.go.jp/rpd-envene/PV/ja/about_pv/types/groups2.html
現在最も普及しているのがシリコン系太陽電池で、国内の電力用太陽電池生産量の大半を占めています。
つまり、街中で目にする太陽電池のほとんどがシリコン系太陽電池で、以下の図3のような単結晶型、多結晶型、薄膜型の3つの種類があります。*3

出所)NEDOWM「世界一のモジュール変換効率40%超を目指す、太陽電池開発中」
https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/201111sharp/
太陽電池は、素材や構造によって特長や性能も異なるため、それぞれ適した用途で使い分けられています。
期待が高まる有機系!「ペロブスカイト」太陽電池
ペロブスカイト太陽電池は、シリコンなどの無機物とは異なり、有機系の材料を用いた太陽電池として分類されています。
ペロブスカイトとは、もともとは鉱物の一種である灰チタン(かいチタン)石を意味する言葉ですが、灰チタン石と同様の結晶構造を持つ物質をペロブスカイトと総称しています。
この結晶構造は、さまざまな科学物質を合成してつくることができ、組み合わせや構造比は数百種類に及びます。*4
ペロブスカイト結晶構造は次の図4のような形態で、この構造をもつ化合物を発電層の素材に使用しているのが、ペロブスカイト太陽電池です。*5

出所)資源エネルギー庁「日本の再エネ拡大の切り札、ペロブスカイト太陽電池とは?(前編)~今までの太陽電池とどう違う?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/perovskite_solar_cell_01.html
日本発の技術であるペロブスカイト太陽電池は、これまでの太陽電池とは異なる特長を持っており、さまざまな利点があります。
まず、製造方法が複雑なシリコン系太陽電池とは異なり、塗布や印刷でつくることができるため、大量生産による低コスト化が可能になります。
軽量で折り曲げや歪みにも強いため、厚みのあるソーラーパネルとは異なり、紙のように薄いペラペラな形状にすることもできます。*5
ペロブスカイト太陽電池には、IoTデバイス等に活用できる屋内・小型タイプ、既存の太陽電池では設置が困難な場所にも導入できる軽量・フレキシブル型、設置面積の制約が厳しい交通・航空分野での活用が期待される超高効率型などがあります(図5)。*5

出所)資源エネルギー庁「日本の再エネ拡大の切り札、ペロブスカイト太陽電池とは?(前編)~今までの太陽電池とどう違う?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/perovskite_solar_cell_01.html
なぜ注目されている?ペロブスカイト太陽電池のニーズとは
2023年10月に開催された東京GX(グリーントランスフォーメーション)ラウンドテーブルにおいて、岸田総理はペロブスカイト太陽電池の「2025年実用化」を表明しました。
これはカーボンニュートラル実現に向けた大胆な投資促進策の一環で、脱炭素と経済成長の両立を実現させ、世界に貢献していくことも目指します。*6
ペロブスカイト太陽電池のような次世代太陽電池が必要とされる主な理由として、重量のあるシリコン系太陽電池はこれ以上設置場所の確保が難しいことがあげられます。
実は、日本は海外と比較しても平地などへの太陽光発電の導入が進んでおり、国土面積あたりの設備容量はすでに主要国トップです(図6)。*7

出所)経済産業省「「次世代型太陽電池の開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画(案)の概要」 p.2
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/green_power/pdf/001_06_00.pdf
近年、平野部や山間部にソーラーパネルがびっしりと並んだ光景が珍しくなくなっていますが、国土の狭い日本では、環境面と経済面を両立できるような太陽光発電の適地はもうあまり残されていません。
そのため、既存の技術では設置が難しい建物の壁面や耐荷重の小さい屋根にも導入を進められるように、軽くて柔軟なペロブスカイト太陽電池に期待が高まっています。
また、ペロブスカイト太陽電池の主原料であるヨウ素は日本が生産量世界第2位で、国内で原料を調達できるため、海外情勢に左右されるリスクもありません。*5
これはエネルギー資源に乏しい日本で電力安定供給を実現させるために、非常に重要なポイントの一つと言えるでしょう。
さらに、太陽電池への需要は世界的にも高まっており、今後は建物等への設置も進められることが予測されています。
主要国に先行して技術開発を進めることができれば、世界における次世代太陽電池市場の獲得を狙えると考えられています。*7
ペロブスカイト太陽電池の普及拡大に向けた動き
2024年5月、環境省はペロブスカイト太陽電池の社会実装に向けて、2024年度内に政府施設への導入目標を決めることを発表しました。
東京・霞が関の各府省庁の建物や地方事務所、自衛隊基地など政府の全施設を対象とし、政府主導で普及を進めていきます。
軽量・薄型のペロブスカイト太陽電池の特長を活かし、屋上や屋根だけではなく、壁面や窓にも設置する方針です。*8
さらに、民間企業や全国の自治体でもペロブスカイト太陽電池の実証や導入計画が進められています(図7)。*9

出所)神奈川県「ペロブスカイト太陽電池」
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/106878/dennti.pdf
2023年からは積水化学工業とNTTデータが共同で、ペロブスカイト太陽電池をビルの外壁に設置する国内初の実証実験をおこなっています(図8)。*10

出所)積水化学工業「国内初、ペロブスカイト太陽電池を建物外壁に設置した実証実験開始」
https://www.sekisui.co.jp/news/2023/1384297_40075.html
積水化学工業が開発したフィルム型ペロブスカイト太陽電池は、30cm幅のロール・ツー・ロール製造プロセス(ロール状に巻かれた素材に印刷や塗布する製造方法)を構築しており、10年相当の屋外耐久性と約15%の発電効率を実現しています。
また、2023年に公表された「内幸町一丁目街区南地区第一種市街地再開発事業」では、世界初となるフィルム型ペロブスカイト太陽電池による高層ビルでのメガソーラー発電を計画しています(図9)。*11

出所)中央日本土地建物グループ「内幸町一丁目街区南地区第一種市街地再開発事業 世界初 フィルム型ペロブスカイト太陽電池による 高層ビルでのメガソーラー発電を計画」p.2
https://www.chuo-nittochi.co.jp/news/uploads/20231115_uchisaiwaichou.pdf
このプロジェクトでは、発電容量1,000kW超の設備を設置することが計画されており、これまで太陽光発電の設置が難しかった都心部への導入を飛躍的に拡大していくことが狙いです。
身近な存在になるかも?ペロブスカイト太陽電池の可能性
薄くて軽く、柔軟なペロブスカイト太陽電池は建物の壁面や窓ガラスなどにも設置可能で、シリコン系太陽電池では設置することが難しい都心部エリアへの導入も可能になります。
日本発の技術として、国内初・世界初のさまざまな実証事業も進められており、今後は世界の次世代太陽電池市場をリードしていくことも期待されています。
さまざまな場所に設置でき、用途も多様であるため、近い将来一般向けにも販売されれば、より身近な存在になるでしょう。
再生可能エネルギーの導入を促進し、カーボンニュートラルを実現するためには、既存技術の活用だけでなく、先進的なイノベーションが必要です。
ペロブスカイト太陽電池は、持続可能な未来を拓く革新技術の一つとなるかもしれません。
参考文献
*1
出所)環境展望台「環境技術解説:太陽光発電」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=3
*2
出所)産総研「太陽電池の分類」
https://unit.aist.go.jp/rpd-envene/PV/ja/about_pv/types/groups2.html
*3
出所)NEDOWM「世界一のモジュール変換効率40%超を目指す、太陽電池開発中」
https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/201111sharp/
*4
出所)産総研マガジン「ペロブスカイト太陽電池とは?」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20221124.html#tid-2
*5
出所)資源エネルギー庁「日本の再エネ拡大の切り札、ペロブスカイト太陽電池とは?(前編)~今までの太陽電池とどう違う?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/perovskite_solar_cell_01.html
*6
出所)首相官邸「東京GXラウンドテーブル」
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202310/03gxr_table.html
*7
出所)経済産業省「「次世代型太陽電池の開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画(案)の概要」 p.2,p.3
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/green_power/pdf/001_06_00.pdf
*8
出所)ニュースイッチby 日刊工業新聞「「ペロブスカイト太陽電池」採用を主導、環境省が政府施設に導入目標」
*9
出所)神奈川県「ペロブスカイト太陽電池」
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/106878/dennti.pdf
*10
出所)積水化学工業「国内初、ペロブスカイト太陽電池を建物外壁に設置した実証実験開始」
https://www.sekisui.co.jp/news/2023/1384297_40075.html
*11
出所)中央日本土地建物グループ「内幸町一丁目街区南地区第一種市街地再開発事業 世界初 フィルム型ペロブスカイト太陽電池による 高層ビルでのメガソーラー発電を計画」p.1,p.2
https://www.chuo-nittochi.co.jp/news/uploads/20231115_uchisaiwaichou.pdf

フリーライター
石上 文 Aya Ishigami
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。